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川を見てゐた手だらうかうつすらと電車の窓にしろき跡あり

三谷幸喜の文楽「其礼成心中」

京都劇場で公演中の文楽「其礼成心中(それなりしんじゅう)」(作・演出 三谷幸喜)が本日楽日。私は先日見てきました。職場の人に勧められて文楽を見始めましたが、オーソドックスなものをいくつも見ないうちに、三谷幸喜による新作文楽(2012年初演)を鑑賞することに。結果、最初から最後まで笑わせられました。しかし、胸に迫る瞬間がいくつもあり、落涙。文楽で落涙するとは思ってもみず。しかし、私が落涙している横で笑っているお客さんもおり、その場面に対する客席の反応は笑いと泣きが半々でした。それはすごいことではないか、と。笑いとかなしみが表裏一体だということを体感しました。

舞台が始まる前、まず、「其礼成心中」のポスターや床本などに添えられた英訳にニヤリとさせられます。「Much Ado about Love Suicides」。英訳すると途端に軽い! これを日本語訳すれば「心中から騒ぎ」になるでしょう。昔やっていた某テレビ番組を思い出す人もあるかもしれません。英訳することで、喜劇色が前面に出るのだなあと感心。Love Suicidesって・・・。本来なら、心中物は悲恋という主題に、主人公以外の人間模様もからめ、人生のままならなさとか、世間のつらさ、人間のやるせなさも描きだす深い劇(ドラマ)だと思うのですが、カラリと「Love」に限定するところが、なんだかもうばかばかしくて良いわけです。

以下は、物語に触れますので、知りたくない方はご注意を。

 

舞台は、近松門左衛門の書いた「曾根崎心中」が大当たりした後の曾根崎の森。「曾根崎心中」のせいで曾根崎の森は心中の名所となり、夜な夜な若い男女が心中しに訪れます。これに頭を抱えたのが、近所で饅頭屋を営む半兵衛夫婦。縁起が良くないというので饅頭は売れず。半兵衛は、曾根崎の森での心中をやめさせるべく、毎晩パトロールに出ます。若い男女が手をとりあい、目を見つめ合って自分たちの世界に入り込み、ひらひらと花びらが散りかかり、二人の心中が美しく完成せんとするその時に、むさくるしいおじさんが「ちょい待ち!ちょい待ち!」と大音声を上げて割って入るその可笑しさ。これでまず、心をつかまれます。それ以後展開する半兵衛夫婦の人助け(いや営業努力?)が思わぬ運命をもたらす・・・・・・というお話。

面白いのは、現代的な見せ方をする一方で、劇中で文楽の型をしっかりと見せていること(って、文楽初心者の私がいうのもなんですが)。冒頭で若い男女が見せた心中の型を、クライマックスでは半兵衛夫婦になぞらせています(そうなった経緯はここでは詳しくは言いませんが)。ここがとってもかなしい。ここに至るまでの夫婦の会話で、虚と実がせめぎあい、ついには虚が実をしのいでいく過程も見どころ(聴きどころ)です。

それから、近松の存在。劇中に近松が登場します。床本には書かれていないのだけど、クライマックスに向かっていく半兵衛夫婦を、舞台下手に現れた近松がじっと観察している場面があります。これには震えました。「ものを書く」人間に対するオマージュを感じました。近松が、すごく嫌な感じに見えるんですけどね。冷徹な温かさ。私が無言の近松に感じたのは、そういったものでした。

人形の斬新な動きも見どころ。「パトロール」「タイミング」「逆ギレ」「カミングアウト」なんていう現代語も取り込んでしまう語りの豊かさにも唸りました。再演があればもう一度見たい舞台です。かつ、文楽の定番の演目ももっと見たいと思わせてくれる舞台でした。文楽、失ってはもったいないです。