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川を見てゐた手だらうかうつすらと電車の窓にしろき跡あり

『塔事典』付録①

塔短歌会60周年記念『塔事典』が刊行されました。いろいろと面白い項目があるのですが、それは追々語るとして、巻末の「付録」で、「全国大会一覧」を見るうちに回想モードに。

私は1999年の45周年大会(京都市 ホテルフジタ)から参加していますが、

(注:大学1回生のころで、まだ塔には入会していませんでした。京大短歌会の先輩らに「来なよ」と誘われて、そのころはまだそんなええかげんな参加のしかたがアリだったわけで、ぶらりと行って、受付の手伝いをするなど、うろうろしていました。先輩の福良さんが壇上でしゃべっていて「すてきだなあ」と思ったり、後から来て隣の席に座ったのが岸本由紀さんで、黒くてシャープな感じの、袖にダメージのある服を着ていてたいへんおしゃれで、初対面なのに「(歌もセンスも)好きです」と口走ってしまったり。屋上での集合写真にもちゃっかり交ざった気がします。そこで河野裕子さんに「河野です」って名刺を渡されて、その名刺には名前しか書かれていなくて「これがほんとの名刺やな」と妙に感動して、何回もその字面を見て。会場でバタバタしているうちに握ったりしてしまったようで、皺がついてしまいましたが、その名刺はまだ持っています)

そのホテルフジタも、もうないんだよなあ。まったくの余談ですが、結婚するとき鹿児島と岐阜から親を呼んで初めて顔合わせをしたのも雪の日のフジタだったし、初めて行ったビアガーデンもフジタの屋上でした。確か河野美砂子さんがフジタの窓を詠った歌があるのですが、空が、ひと色濃く深く映る大きな窓が連なっており、外から見ると独特のたたずまいのホテルなのでした。

大会で、けっこう国内各地に行っています。どの回にも必ず印象深く覚えている場面があるのですが、2000年の鳥羽、夜、海辺に散歩に行って、何人かが海に向かってバカヤローと言って喜んでいたなあとか、2001年の宮崎大会、大阪からフェリーで行きましたが、船中、大部屋にふらりと山下洋さんが現れて、そのころはほとんどお話したことがなくて「あ!『たこやき』の人だ」と思ったこととか。鎌倉オプショナルツアーとか、高野山オプショナルツアーとか……松山の路面電車とか蟬の声とか……短歌の会なのに、申し訳ないことに短歌の記憶がまったく出てこず。パネルディスカッションでしゃべったりもしているようなのですが、自分が何を話したのかも覚えていません。誰々がこんなことをしていた、言っていた、みたいな思い出が多いです。たぶん、その人本人も覚えていないような瞬間の姿をいくつも、私は覚えています。止まらなくなりそうなので、このへんで。

あ、1961年の津での大会のイベントとして「塔の体質検討」って書いてあるけど、これは何でしょう?? 面白そう。1969年の「私のリアリズム」もツカミが効いていますね。手前みそですが、2007年の「定型をふみはずす」もタイトルとしてけっこういい線いっているのでは。しかし何を話したんだっけ(笑)。

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